学習の秘訣

「父と母は浅草へ行きました」――大学生の英語ライティング

今から40年ほど前に私が高校生だった頃の話。田舎の高校で周囲に予備校も進学塾もなく、受験生の唯一の頼みの綱は短波放送で聴く旺文社提供の「大学受験ラジオ講座」(通称「ラ講」)でした。ブラームスの「大学祝典序曲」で始まるラ講は、「放送を通じて大学受験教育の地域格差を解消していく」という高邁な理念を掲げており、今の地方の受験生にとっては衛星予備校がインターネット回線を利用して全国の加盟校に送信している講義のようなものでしょうか。AKB48ではありませんが、受験生にはそれぞれ心酔している一押しの先生がいました。私の場合は早稲田の西尾孝先生で、キャッチフレーズは「英語の力は単語の力、単語の力は英語の力」。ですが、先生は英文法の担当だったので、「みなさん、単語は重要ですが、ただ並べただけじゃダメですよ、『父と母は浅草へ行きました』が“Father, Mother, Asakusa, Go!”じゃ通じません」という冗談をよく言っておられました。たしかに、これでは「父ちゃん、母ちゃん、浅草、行ってきな!」という長幼有序を無視した命令文になってしまいます。

 

ところが、冗談では済まない時代になりました。単語の整序以前の問題もあるのです。名大の英語の授業でCriterion対策の英語エッセイを教えていると、三人称単数現在のsを忘れるのはまだ許せるとして、understandの過去形がunderstandedになるのは理解できないし、sinkの過去形がsinkedだと沈んだ気持ちになります。「金曜日」がFlyday(ハエの日?)、「私は見つかってしまった」が“I was fined.”(罰金刑も受けたの?)、「私の部屋は狭い」が“My room is narrow.”(立ったまま寝るの?)など、(笑えない)噴飯ものは枚挙にいとまがありません。名大の多くの学部入試では総合点で合否が決まるので、時には英語の二次試験が200点中50点以下と思われる人もいます。しかし逆に言えば、英語以外の得意科目の点がそれだけ高いわけで、将来は普通の学生より専門分野で活躍する可能性も高くなるので、それはそれで頼もしい限りですが、そうした人は英語で発信する機会もより増えるはずなので、大学入学後は英語のスキルアップを真剣に考える必要があります。

 

40年前の英語のライティングは、受験勉強と入試での和文英訳が終わると、大学入学後に「英語書く」機会がほとんどありませんでした。しかし今は違います。インターネットの普及によって「英語書く」機会も必要性もぐっと高まりました。ほとんどの日本人の場合、英語力のピークは大学受験時で、それ以後どんどん落下します。それは運動しなければ年齢とともに体力が落ちて行くのと同断で、中一レベル(あるいはそれ以下)である私の数学が何よりの証拠。これまで英語学習を支えていた大学合格という強力なモチベーションがなくなれば、英語力の落下スピードはそれはもう速いものです。ですから、大学合格に代わる何か強力なモチベーションを自分で見つけねばなりません。青年海外協力隊となって平和で豊かな世界の実現をめざすといった気高い動機でも、就職において有利になる検定試験のスコアを上げるとか、美男美女と国際結婚がしたいとかいった私的な(不純な?)動機でもOK。大学の英語の授業は、しぶしぶ単位取得のためだけに受けたのでは、英語力を弱めることはあっても、高めることはありません。

 

ライティング能力を高める上で忘れてならないのは、話すように「高速で書く」方法と調べながら「正確に書く」方法を両方とも意識してやらないと、車の両輪と同じことで正しい方向に進んで行かないということです。これはリーディングにも当てはまります。センター試験や検定試験のように多量の英語を短時間に読んで、トピック・センテンスを押さえる(試験では選択肢から正解を選ぶ)ことは情報化社会において非常に重要ですが、英語の文法と前後関係を押さえて正確に(時間的に可能であれば一語たりとも疎かにせず)理解することもまた大切です。小さな誤解が大きな災いを招くことがあるように小事は大事。残念ながら、昔の英文読解は後者に、今は前者に偏りが見られますが、両方ともバランスよくやる必要があります。では、英語ライティングは具体的に何をやればよいのでしょうか?現代はインターネットの時代ですから、話すように書く場というのは幾つもあります。大リーグに関心があるならば、例えば田中将大選手のいるヤンキースのサイトにアクセスし、ファンを対象にしたメッセージ・ボードに数多くのトピックが挙がっているので、マー君関係のトピックにどんどん書き込むことができます。書き込んでいるのは大半がアメリカの人たちですから、視点の異なる日本人の意見は歓迎されます。日本人はネイティブではないので、言いたいことが伝わりさえすればよいのです。長い文章を書く必要も、文法やスペルの間違いなど(不特定多数に対する匿名の投稿ですから)気にする必要もなし。また、ウェブ上で“penpal”を検索すれば、InterPals PenpalsPenPal Worldといった紹介サイトが無数にヒットします。非英語圏の同世代の若者であれば、自分の英語の間違いもあまり気にならないでしょう。

 

とはいえ、正しいライティング力をつけるためには、ただ書き散らすだけでは駄目で、やはり文法的に正しい英文を心がける必要があります。ある程度のライティング力がつけば、今度はネイティブのペンパルを個別に探してメールで国際交流してみましょう。ただ、英語のネイティブがそうでない人とメールのやり取りをするには、相手もまた利益を得るような関係でないと、なかなか長続きはしません。お勧めは英語圏の大学や語学学校で日本の言語文化に関心のある学生を見つけることです。そうした学生が検索で見つからなければ、日本語学科のホームページにアクセスし、メアドが表示されている教員にメールを書いて紹介してもらってください。相手の学生には日本語で書いてもらい、自分は英語で書き、互いに文法や表現のミスを修正し合えば、そこには相互利益が生まれます。そうした異文化交流の扉を開くには、もちろん皆さんの積極性が重要な鍵になります。待っていても何も変化しません。自分から積極的に行動しましょう。

 

名大の授業ではアカデミック・ライティングをやっていますので、もちろん、話すように高速で書いただけでは学問的に不十分です。こちらは辞書と文法書を参照しながら書かねばなりません。ただ、昔と違ってウェブ上には「英辞郎」のような和英辞典がたくさんありますし、文法に関しても「英文法大全」をはじめ多くの解説サイトが無料で利用できるので、便利な世の中になったものです。また、学生のエッセイを読んでいると、同じ表現の繰り返しを目にすることも多々あります。「単語/熟語+synonym」で検索すれば、いろいろな表現が分かるので、推敲する際にはできるだけ単調な反復を避けながら、達意の英文を心がけてください。

 

単調な反復を避けるためと言っても、知っている単語や辞書で調べた単語を好き勝手に結び付けてはいけません。単語と単語の自然な組み合わせ(慣用的な連結)を「コロケーション(collocation)」と言いますが、これがライティングにおいては日本語の場合と同様に重要です。「辞書を引く(consult a dictionary)」を“draw a dictionary”、「真っ赤な嘘(a plain lie)」を“a red lie” と書くような直訳は論外として、日本語でも区別がむずかしい「堅い商売」、「固い信念」、「硬い表情」の形容詞「かたい」はすべて中学単語の“hard” ではなく(日本人が読めば、この単語でも意味は伝わるでしょうが)、それぞれ“sound/stable business”、“firm/emphatic belief”、“grim/stern expression” が慣用表現です。日本語が流暢な留学生が話す言葉、あるいは彼らが書いた日本語の文章に、「理解はできるが何か少し変だぞ」と直感的に感じる時があるかと思いますが、英語の場合にも、この名詞にはこの形容詞、この動詞にはこの副詞といった慣用があるわけです。ここでも、自分が考えたフレーズをウェブ検索にかければ、それが正用か誤用か判断できます。ただし、英語はネイティブの英語だけでなく、国際語としての英語(World Englishes)もあるので、たくさんヒットすれば正用というわけでもありません。Google検索では英語以外(特に日本語)のサイトもヒットするので、自分のフレーズをチェックする場合は、普段使用しているブラウザとは違うブラウザをコロケーション検索専用とし、そのブラウザの右下隅の「設定」から「検索設定」=>「言語」=>「English」を選んで保存すれば、英語サイトだけでチェックが可能です。できれば、検索結果に出る英文がネイティブの書いた文章であるかどうかの判断ができる程度まで、英語力をアップさせてください。

 

名大のアカデミック・イングリッシュでは、Criterionにせよ、エッセイ・論文執筆にせよ、上記のことに加えてトピック・センテンスを念頭に入れた全体の構成も指導しています。さらに、日本語の影響から脱するために、名詞構文無生物主語構文、連続するセンテンスの長さやメリハリのきかせ方なども教えていますが、それらの具体的な内容については続編として後日またここで書かせていただきます。